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イヤイヤ期:①心理・神経科学的背景

こんにちは、Dr.流星です。

「何でも『イヤ!』って言うようになった…」「急に癇癪を起こすようになった…」
子育てをしていると、多くの親が一度は悩む――それが“イヤイヤ期”です。

医師の友人たちともよく話題になるこのイヤイヤ期、私自身も親として直面し、「来たか」と思いました。
精神科医として子どもの発達を学んできた立場からすると、むしろ感動すら覚える瞬間でもありました。
「自我が芽生えてきた」「自分で考えようとしている」――そう思えるからです。

今回はこの「イヤイヤ期」について、発達心理・神経科学・行動心理の視点から、少しずつ紐解いていきたいと思います。ご自身やお子さんの経験と重ねながら、ぜひ一緒に考えていきましょう。

目次

「イヤイヤ期」は幼児期前半(主に2~4歳頃)に見られる第一次反抗期で、子どもが何に対しても「イヤ!」と自己主張を繰り返す時期です。約85%の2~3歳児が日常的にかんしゃく(癇癪)を起こすとの報告もあり、一般的には生後1歳半頃から始まり18~36か月でピークを迎え、4歳頃まで続いて自然に落ち着いていく正常な発達現象です。この時期の子どもは自分の意思や欲求を強く持ち始めます(自我の芽生え)が、思い通りにならない場面で強いフラストレーション(不平・不満)を感じやすいのが特徴です。親にとっては「どうしてこんなにイヤイヤ言うんだろう」と戸惑う行動も、子どもの心身の成長において重要なプロセスであり、「イヤ」を繰り返す中で周囲の反応を見ながら自分の言動が周囲にどう影響するのか、自分の好きなもの・やりたいことは何なのかを見つけている段階と捉えることができます。

イヤイヤ期は子どもの自我(自己主張)の芽生えと深く関係しています。子どもはこの時期、「自分でしたい」「自分で決めたい」という自立への欲求が強まります。例えば、「お母さんの言うことも分かるけど、自分はそうしたくない」という葛藤が生まれる段階です。しかし現実には自分の思い通りにならないことも多く、思いが叶わないと強い不満や怒りの感情を感じます。また、この時期の子どもは善悪の判断や社会的ルールの理解が未熟(理解できないことが当たり前)で、自分の欲求を最優先にしがちです。そのため、大人の制止に反発し、「イヤ!」を連発する行動につながります。一方で、この反抗的な態度そのものが自分の存在や意思を確認する手段でもあります。つまり、「イヤ!」という言葉の裏には「自分の気持ちを分かってほしい」「これは自分の思いと違う」というサインが隠れており、子どもなりに自己を確立しようと試行錯誤しているのです。

また心理学的には、イヤイヤ期のかんしゃくは必ずしも子どもが意図的に親に反抗しているわけではなく、自分の感情を処理しきれずに表出している面も大きいとされています。特に3歳前後では、「怒り」の感情と「悲しさ・不安」の感情が未分化なまま一気に噴出し、子ども自身も手に負えなくなることがあります。このようにイヤイヤ期のわがままやかんしゃくは、健全な心の発達過程による一過性の現象であり、決して親の教育が失敗しているとか、子どもの人格が偏っているとかを意味するものではありません。ただし、あまりにもかんしゃくが長時間持続したり頻回(1日に5~10回以上)であったり、自傷や他害を伴うような極端な場合には、発達上の問題(例:自閉症スペクトラムやADHDなど)が背景にないか専門家に相談することも検討してください。

イヤイヤ期の激しい感情起伏の裏には、脳の発達のアンバランスがあります。人間の脳で感情の制御や判断を担う前頭前野は発達に時間がかかり、20歳前後まで成熟しません。幼児ではこの前頭前野が未熟なため、「我慢する」「衝動を抑える」といった高次の制御が難しく、感情を即座に行動に移しやすいのです。一方、情動を司る偏桃体や視床下部などの脳の部分は早期に機能し始めるため、怒りや不安といった情動は強烈に生じても、それを抑制・調整するシステムが追いついていない状態です。その結果、ちょっとした刺激で脳の「カッとなるスイッチ」が入ると、自制が効かず泣き喚いたり物を投げたりする激しいかんしゃくとして表れます。このことを知っていれば、癇癪を起こしている子や泣き叫ぶ子を見ても「前頭前野が未熟だから仕方ないよね」と思えるようになりますね。

さらに言語能力の未熟さも神経発達的な要因の一つです。3~4歳頃の子どもは語彙や表現力が十分発達しておらず、自分の感情や要求をうまく言葉で伝えることができません。例えば、「喉が渇いた」「遊び足りなくてまだ遊びたい」といった複雑な内面状態を適切に説明できないため、欲求不満が高じて「イヤ!」という単純な否定や泣く・暴れるといった行動で示すしかなくなります。これは脳の言語中枢と情動中枢の発達ギャップによるもので、子ども自身も言葉にできないもどかしさからイライラを募らせることがあります。

神経科学の観点から見ると、イヤイヤ期の子どもの脳は「感情爆発しやすくブレーキが弱い状態」と言えます。したがって、大人から見ると理不尽な癇癪でも、子どもの脳は発達上「そうならざるを得ない」反応をしていることを理解する必要があります。親がどんなに言い聞かせてもすぐには落ち着けないのは、この時期の脳の構造上当然なのです。まずはそのことを理解しておきたいですね。

行動心理学の視点では、イヤイヤ期の反抗やかんしゃくはコミュニケーション手段としての側面があります。まだ複雑な言葉で要求を伝えられない子どもにとって、「泣く」「怒る」といった行動は周囲に自分の不満や要求を知らせる有効な方法になり得ます。例えば、おもちゃ売り場で欲しい物を買ってもらえない時に泣き叫ぶのは、「自分の強い欲求」を最大限アピールする行動と言えます。周囲の大人がその行動に折れてしまえば(例えば泣き止ませるために要求を飲んでしまうなど)、子どもは「泣けば思い通りになる」と学習し、以後同じような場面でかんしゃくを繰り返す可能性があります。このように大人の対応次第で子どもの行動が強化されてしまうことがあり、イヤイヤ期の接し方はその後の子どもの行動パターンにも影響を与えます。

一方で、子どもは成長に伴い徐々に周囲の状況や大人の言うことも理解し始めます。3~4歳頃になると簡単な因果関係やルールも少しずつ学べるため、癇癪の頻度や強度も次第に落ち着いていきます。ただし、環境要因も行動に大きく影響します。例えば、空腹や疲労は癇癪を誘発しやすく、午前10時前後や午後遅くなど疲れが出る時間帯に駄々をこねることが多いとの指摘もあります。また、生活リズムが不規則だったり刺激が多すぎたりすると子どものストレスが高まり、「イヤイヤ」行動に拍車がかかります。つまり、行動面から見ると、イヤイヤ期のかんしゃくは内的要因(発達上の未熟さ)と外的要因(環境や養育者の対応)の相互作用で起こると考えられます。親が適切な環境調整(十分な休息や見通しを持たせる声かけ)を行うことで、ある程度予防したり和らげたりすることも可能です。

イヤイヤ期は正常な発達段階
  自我の芽生えであり、「イヤ!」という自己主張は心の成長の一環。
感情の爆発は前頭前野の未熟さが原因
  幼児は感情のブレーキがかかりにくいことを理解する。
 言語能力の未熟さも原因。
  自分の欲求や不快感を言葉で伝えられず、”行動”で気持ちを表現している。
 対応次第で癇癪は悪化する。
  間違った方向に学習するのはNG。癇癪に対して一貫した対応を。
 「こういう時期なんだ」と受け止める。
  まずは子どもの脳と心の発達を理解し、見守ることから始めましょう。

次の記事、「②親が押さえておくべきポイント」「③年齢ごとの解説」では、そんな対応の仕方や環境の調整について述べていきたいと思います。

参考文献・資料一覧
  1. Blair, C. (2010). Stress and the Development of Self‐Regulation in Context. Child Development Perspectives, 4(3), 181–188. https://doi.org/10.1111/j.1750-8606.2010.00145.x
  2. Thompson, R. A. (2006). The development of the self. In W. Damon & R. Lerner (Eds.), Handbook of Child Psychology (6th ed., Vol. 3). Wiley.
  3. Kochanska, G., & Aksan, N. (2006). Children’s conscience and self-regulation. Journal of Personality, 74(6), 1587–1618.
  4. 日本小児神経学会(2021).「情動制御と脳発達の関係」『小児の神経』63(4), 123–130.
  5. 藤永保(2004).『子どもの発達心理学』ミネルヴァ書房.
  6. 笠原嘉(2021).「イヤイヤ期における行動的反応とその背景」『発達心理学研究』第32巻, 45–53頁.
  7. 吉川徹(2022).「叱ることと褒めること:保護者の行動が子どもの自己制御力に与える影響」RIETI Discussion Paper Series 22-J-010.
    https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/22100010.html
  8. 岡本夏木・浜田寿美男(2017).『子どもとことば:発達と社会化の心理学』有斐閣.
  9. 関西学院大学心理学部紀要(2020).「幼児の感情調整と親のかかわり:共感的対応の効果」
    https://kwansei.repo.nii.ac.jp/record/26491/files/2.pdf
  10. 米国小児科学会(AAP)Policy Statement (2018). Effective Discipline to Raise Healthy Children.
    https://pediatrics.aappublications.org/content/early/2018/11/01/peds.2018-3112
  11. シセイドウ子ども財団(2022).『乳幼児期における情緒発達と育児者の役割』
    https://www.shiseido-zaidan.or.jp/data/media/shisedo_zaidan/page/public/pdf/vol_90.pdf
  12. 国立成育医療研究センター(2020).「子どもの脳の発達と育ち」
    https://www.ncchd.go.jp/center/activity/kodomo_kankyoproject/publications/no21.html
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この記事を書いた人

Dr.流星 – 現役の精神科医であり、父親として日々子育てに奮闘中。
「科学的根拠に基づいた育児」をテーマに、子どもの心と脳の発達、メンタルケアについて情報を発信しています。現役パパだからわかる子どもの発達に関するリアルな悩みに寄り添いながら、家庭で実践できるヒントも紹介。ガジェット好きでもあり、育児に役立つ家電や子育てグッズを色々と試しています。子育ての悩みを軽減し、家族のメンタルヘルスを良好に保つ…そんな子育てに役立つ知識をお届けしていきます。

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